『花衣』                                                    



「何しているの」
木の上で苦戦しているあたしに声を掛けてきた男の子に向かって、あたしはいい加減いらいらしていたので大きな声をだす。
「見てわからなければ聞かないでよ」

それを聞いて、男の子は身軽にあたしが座っている枝まで登ってきた。
登ってきた子は、声の感じで想像していたよりも大人びた、奇麗な青年だった。
あたしは、はすっぱな口をきいたことが恥ずかしく、ちょっと赤面する。

「下から見ると、ここだけ花が咲いているみたいだったよ」
のぞき込む青年の目はいたずらっぽく輝いている。
あたしは悔しくなって唇を噛む。
実は振り袖が枝の間に挟まって、さっきからどうにも身動きがとれないのだ。

「…だったら、助けてちょうだい。おばあさまの形見の品だから、破きたくないの」
素直に助けを求めると、男の子はおかしそうに笑うとかがみ込んで、複雑にからまった長い袖を枝から器用に抜き取った。
すんなりした指先の子だな、と思う。


「君、名前は?」

「奇麗な名前だね」
男の子は楽しそうに言いながら、あたしの振り袖のほつれた糸を奇麗に直している。
ここに逃げて来る前にいろいろ引っかけてしまったらしい。大事な着物なのに。


「で、さんはなんで振り袖なんか着ているの」
でいいわ」
あたしはなるべくつんとして答えた。
「じゃ、
男の子は笑うと、目のところが優しい感じになる。
はなんでこんなところで振り袖を木の上に挟んで一人で困っていたのかな」

「…お見合いだったのよ」
あたしはふくれて答えた。
「お見合い?」
「そ。逃げ出してきたの」
格好を見ればわかるでしょ、とあたしは付け加えた。

「なんで逃げ出したりしたの。は奇麗なのに」
「向こうの問題よ」
「へえ」
「相手の男ってのが、風魔の次期総帥だっていうのよ。おっさんに決まっているじゃない」
「そうなんだ」
「さらに、焔遣いの特殊系異能力者だっていうのよ」
「特殊系は嫌い?」
「嫌いじゃないわ」
あたしはちょっとうつむいて、急いで付け加えた。
「うちの家系もそうだし」

「ふうん」
「嫌いじゃないけど、うちもそうだからわかるけど、大変なのよ」
一番力の強かった上の兄は、一時期精神のバランスを崩して、部屋から出ることをかたくなに拒んでいた。
・・・ああいうのは、周りにいる家族があまりにも、つらい。


「君も能力者?」
「弱いけどね。血は濃いらしいから、いい子どもが産めるだろうって」
「ああ、その言い方はひどい」
「でしょ?」
あたしはようやく理解者が現れたことが嬉しくて、思わず男の子の手を握った。
「今時人を道具みたいに言うなんて、時代錯誤もはなはだしいわよね?昔じゃないんだから」
「そうだねえ」

男の子が笑ったので、あたしはちょっと恥ずかしくなって手を離す。
初対面の男の人に、なんでこんなにぺらぺら話しているんだろう。


男の子が口を開いた。

「そのお見合い相手の顔写真とか、まだ、見てないんだろ」
「見るもんですか」
あたしは毅然として答えた。
絶対断ると決めているのに、中途半端に見るというのは相手方にも失礼というものだ。

「意外と好みのタイプかもよ?」
「…貴方、風魔の子でしょ」
あたしは言い当ててみせる。
先ほどの木に登ってくる身のこなしといい、この子は間違いなく忍の里の子だ。

「まあね」

「…風魔の次期総帥って、どんなおっさんなのよ」
「どうかな」
男の子が笑い出したので、あたしは抗議しようと身を乗り出す。

「おおい、そんなとこにいるのかよ」

下から声がして、覗くと男の子が一人こちらを見上げている。
目のちょっと鋭い、すらりとした男の子だ。おそらくあたしを探しにきた風魔の子だろう。

「あれ、見つかっちゃったか」
「お前な、お見合いの場所を変えるなら変えるでそう言え。みんな心配している」
「仕方ないなあ」

男の子が枝の上で立つ。

、行こうか」
「…は?」

「麗羅!いいかげんに降りて来い!向こうはてんてこ舞いでお前らを探しているんだぞ!」
下で風魔の子が声をかける。

「…麗羅?」
あたしがおそるおそる聞くと、男の子はにっこりと笑った。

「ご期待のおっさんじゃなくて、どうも」
「…じゃあ、貴方が」
「ぼくは君を結構気に入ったんだけど、はどうかなあ」

 風魔の焔遣いの次期総帥があたしに向かって手を伸ばす。
 あたしは取りあえず、その手を取った。

「花衣だ」
そのままふんわりと抱きかかえられると、あたしは木からそっと下ろされる。





 (20060226) 麗羅夢で風魔夢小説第一話。

                                         







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